このままでは「日本解体」されてしまいますよ!
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今日11月24日
大東亜戦争末期、南太平洋パラオ諸島のペリリュー島では、歩兵第2連隊を主力とする日本軍と
アメリカ軍海兵隊の最後の戦闘となり、日本軍が玉砕した日です。そのペリリュー島の勇士の様子。

ある老人が若い頃日本兵と仲良くなり、戦況が日本に不利となった時「一緒に戦わせて欲しい」と日本兵隊長に進言したが「帝国軍人が貴様らなどと戦えるか!」と激昂され、見せ掛けの友情だったのかと失意の中島を離れる船に乗り込んだ。が、船が島を離れた瞬間その隊長を含め日本兵が手を振って浜へ走り出てきた。老人はその時、隊長が激昂したのは自分達を救う為だったと悟ったという。



太平洋戦線で日本軍は、物量で劣るものの、その強靭な戦闘力でアメリカ軍を悩ましてきました。
このペリリュー島でも例外では有りませんでした。2・3日で陥落させられると言うアメリカ軍に対し、
結果的には30日以上にもわたる激戦を繰り広げた末、根本大佐を含む55名の残存兵で最後の
「万歳突撃」を敢行し玉砕して果てました。
亡き昭和天皇は、ペリリューの様子を常々気にされていたそうで、「まだ大丈夫か?」と何度も侍従に
お尋ねになっており、11回の嘉賞・3度の感状が出されたとの事です。
歩兵第2連隊長の中川大佐は戦死後異例の2階級特進し陸軍中将となりました。
これら歩兵第2連隊や第15連隊の日本軍将兵は、ある意味現在日本人の忘れていた、国家に殉ずると言う崇高な使命を果たし、これほど過酷な戦場で、祖国を守ろうと必至に戦った人たちの事を今、
我々は余りに粗末に扱っていないでしょうか。

遺骨の収集さえ満足に行えない政府と慰霊さえ行おうとしない総理大臣。
こういう事で良いのかと考え込んでしまいます。この日本軍将兵がいたということを誇りに思います。

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