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ナチから追われたユダヤ難民二万人の救援

極東ユダヤ人大会の二カ月後、三月十日にドイツのナチスの手を逃れた二万のユダヤ難民が
ソ連を横断し、満州国西部国境、満州里駅の対岸オトポールに流れ込んだのです。多数の難民は、春尚浅い零下数十度の北満の原野にテントを強って露営同然の生活をしておりました。
放っておけば人命に関する問題となることは明かでした。
ソ連政府は当時、ドイツに気兼ねしてこの難民に対し、ソ連領内に留まることを絶対に拒否しました。そうなると、難民の入国先は満州国よりないわけです。ところが満州国の外交部は、関東軍に気兼ねして中々決心がつかない。これは、一応無理もないことであり、再びカウフマン博士の樋口少将に対する懇願となりました。
樋口少将は、ハルピンに満州国外交部の責任者を呼びよせ、
「満州国は、独立国家である。何も関東軍に気兼ねすることはない。ましてドイツの属国でもない。
ドイツが排撃したからと言うて、一緒になってユダヤ人を排撃する必要なんか毛頭ない。
事は人道問題である。未だ国境の寒さはきびしい。一日延びれば、難民の生命に関する重大な問題ではないか。なるべく早く決心されたらどうか」と力強く説得したのでした。
満州国は漸くこの意見に従って、ユダヤ難民全部を満州国内に受け入れることとし間もなく、難民は、満鉄の救援列車によりハルピンに救援されてきました。
樋口少将なくして、この大芝居は打てなかったでしょう。樋口少将の決断は、ハルピンにおける
ユダヤ人工作に有終の美を飾ったことになります。
果せるかなドイツ外務省は、リッペントロップ外相の名をもって日本外務省に、ユダヤ難民を満州国が受入れたことは、日独親善に水を差すものであると言う厳重な抗議をしてきました。
陸軍省から関東軍司令部(軍司令官植田大将、参謀長東条英機中将)へ問い合せがあり、東条中将と樋口少将と対談した結果、東条中将は、樋口の決断と処置に間違いなしと断定しドイツの抗議は
不問にふせられたのでした。【後略】



higuti1.gif

日本によるユダヤ難民救援というと、外交官・杉原千畝氏が有名ですが、もう一人ユダヤ難民を
救援した人物がいます。それが樋口季一郎陸軍中将です。

ユダヤ難民救援のいきさつは、上記の通りですが、軍人と言う事と、その所属機関が「ハルピン特務機関」という、いわば軍の裏方的部署であるが故に、いままで余り知られてきませんでした。

が、彼はこの事件に見られるように多くのユダヤ難民を救出し、戦後ソ連によって戦犯容疑がかけられましたが、世界中のユダヤ人によるロビー活動によって戦犯容疑を免れたと言う事です。
そしてイスラエル建国功労者として「偉大なる人道主義者、ゼネラル・ヒグチ」として今も顕彰されています。


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